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■HP蜘蛛夢■


(初版2007.6.11;微修正2014.10.14;更新2008.12.1)

『おばあさん仮説』が『ババァは有害』発言に至るまで




石原慎太郎の『ババァは有害』発言に至るまでの伝言ゲームを見てみよう。

●出発点は米国の学術雑誌に出た論文らしい。
Hawks,K.,O'Connell,J.F.,Blurton Jones,N.G.,Alvarez,H. and Charnov,E.L.(1998) Grandmothering, menopose and the evolution of human life histories. Proceedings of National Academy of Science 95:1336-1339.

ネット上に公開されているこの論文から抜粋:
(私の翻訳・抜粋はいいかげんなので取扱注意)

ヒトの母親は他の霊長類に比べて離乳後の子供の食事のかなりの部分を与える。これにより子供自身では利用できない塊茎などの資源を得ることができる。

ヒトは他の霊長類に比べて、閉経後の生存期間が長い。

これに関するWilliams(1957)の説は、母親による長期の世話が必須の動物では母親が早期に出産をやめたほうが、育てられる可能性の少ない子供を生むより、既に生まれている子供の世話を確実にできるので適応的だというものである。

これには疑問がある。チンパンジーも母親の世話が必要だが、出産を早く止めていない。ヒトとチンパンジーの繁殖期間は同じ程度だ。違うのはヒトは成人の死亡率が低くて、その結果、閉経後の生存期間が長くなることだ。

おばあさんによる娘などの子育て支援が有用なので、死亡率を低下させるような自然選択が作用したのではないか。

おばあさんの貢献があれば娘の1年当たり出産率は増えるだろう。予想どおり、ヒトでは他の類人猿に比べて出産間隔が短くなっている。

Charnovのモデルと「おばあさん」仮説を結びつけると、ヒトの成熟年齢が遅いこと、離乳時のサイズが小さいこと、高い出生率を説明できる。

オスの寿命の問題はここでは未解決である。女性の寿命が延びたから、男性も相関して延びたのかもしれないが、オスの生活史に関する選択圧は違うかもしれない。

子供が利用しにくい資源の存在が母親による子供への分け与えの発達を選好させたと考えた。このことは、未利用の生息域への拡散を可能にしただろう。そして密度依存的な子供の死亡率を下げることで個体数が急増しただろう。おばあさんの支援により始まった生活史の変化は、成熟年齢の遅れと閉経後の長い生存の証拠で示されるだろう。

ヒトの行動と生活史の特徴が進化した3つ時期を示す考古学・古生物学のデータがある。ホモ・エレクトスの出現(180万年前)は、それ以前の初期人類よりも成熟年齢が遅れること、そしてアフリカの外への拡散に結びついている。初期の古代型サピエンス(archaic sapiens)(60万年前)は高緯度へ分布を広げ、かつ現生人類のような成熟年齢の遅れを示した。5万年前まで現生人類(modern sapiens)の拡散と結びついた特徴は現われなかった。現生人類はそれ以前の人類がもたなかった、閉経後の長い生存という特徴により空前の生態学的そして競争的成功を亨受した。



●この論文を長谷川真理子(行動生態学者)が引用した。 『ヒト、この不思議な生き物はどこから来たのか』長谷川眞理子(編著)/ウェッジ選書(2002年)から抜粋:
ヒトもチンパンジーも、どんどん個体数が増えていけるような生物ではない。では、どうしてヒトはこんなにまで増えることができたのだろうか?

(5万年前の)ホモ・サピエンスの世界への拡散はホモ・エレクトスよりずっと早かった。そのためには人口の増加がかなりあったと考えてもよいだろう。

自然人類学の教科書を見ると、地球上に広がっていくうえでどんな人口増加があったのか何も書かれていない。

ヒト(採集狩猟生活)とチンパンジーを比較すると、ヒトは初潮年齢が長くなっているが、出産間隔は短い。

ヒトの女性には更年期があり、ある日、排卵はとまってしまう。繁殖が終了したあともずっと生き延びるということは、進化的にはおかしなことである。

男性は、生きているかぎり精子を作り続けており、繁殖する可能性はつねに残されている。

クリスティン・ホークスをはじめとする人類学者は、女性が自らの繁殖から解放されたあと、娘や血縁者の子育てを援助することにより、繁殖成功度を上昇させたからではないかという「おばあさん仮説」を提出した。

長谷川の話についての鼎談(長谷川眞理子、西垣通、松井孝典)から:

(松井)女性が繁殖を終えても生き続ける、という不思議なことがある。そのおばあさんの知恵が次世代の子育てに活かされて、ヒトはここまで増えることができたのではないか、という仮説ですね。

(長谷川)「おばあさん仮説」は立証されたとか、みんなが納得しているとか、という状況には至っていません。いくつかの反論もあります。



●松井孝典(惑星科学者)は長谷川真理子の話を聞きかじって石原慎太郎に話したようだ。 『石原慎太郎の値打ち』別冊宝島Real 040(2002年)より抜粋:

石原氏と松井教授は、以前に東京MXテレビの『東京の窓から』という番組で対談している。松井氏は次のように語っている。

「我々だけがなぜか、人間圏という特別なものを作って一万年繁栄を続けたかっていうのは、実は、原生人類が持っている生物学的物質によるかもしれないんですよ、脳の中の。それは二つあるといわれていて、一つは『おばあさん仮説』っていうんだけど。原生人類だけがおばあさんが存在する。おばあさんというのはね、生殖年齢を過ぎたメスが長く生きるということですよ。普通は生殖年齢を過ぎるとすぐ死んじゃうわけ、哺乳動物や猿みたいなものでもね」

※「原生」は「現生」の書き起こしミスだろう。ほかの書き起こし部分が正確ならば、松井は「脳の中の」と、かなり変なことを言ったことになるのだが、どうだろう?



念のため、『東京の窓から日本を2』石原慎太郎/文春ネスコ(2002年)より同じあたりを抜粋:

今の文明を築いた現生人類はたかだか十数万年前に生まれた。われわれというヒト属だけが人間圏という、特別なものを地球の上につくって繁栄を始めた。他の人類はどうしてそういうことをしなかったのか、ということを考えていくと、実は現生人類が持っている脳の中の生物的な特質によるかもしれないということになる。

その特質のひとつは、「おばあさん仮説」と言って、現生人類だけにおばあさんが存在することに注目した説なんです。ふつう、哺乳類はサルでもなんでもメスは、生殖年齢を過ぎるとすぐ死んでしまう。しかし現生人類のメスは死なないで、集団の中で重要な役割を果たした。おばあさんの誕生がいろんな意味で人口増加をもたらしたと考えられる。増加したからアフリカにいた人類は、世界中に散り、さらに人間圏をつくった。

もうひとつは、言語を明瞭に話せること。明瞭な発音ができると、さまざまな共同幻想がつくられる。

僕はこの人口増加と共同幻想が、現在のわれわれの繁栄をもたらしていると、思っているんです。文明が拡大を重ねていく状態が、この二つの特質によるものだとしたら、これを否定することは難しい。ということは、特質のなせるまま人間圏が崩壊するところまで突っ走って、絶滅するのではないか、と考えられる。

…貨幣も愛も、もっといえば人権とか民主主義とか、市場主義経済とか、あらゆるものが、僕は幻想だと思っているんです。

※やはり松井は「脳の中の」と言っている。この本によれば石原慎太郎と松井孝典の対談の放送は、2001年8月である。長谷川の本(2002年)の元になった会合の時期が不明だが、もしかすると、松井は長谷川から直接話を聞くまえに、何かで「おばあさん仮説」を聞きかじり、誤解と想像を膨らませたのかもしれない(補足5を参照)。手元にある家庭医学書によれば「閉経は卵巣の加齢によりゴナドトロピンに対する反応性が低下する」とある。実は、寿命のほうは脳重量と体重の双方に関係がある[2]。でも「脳の中の」生物学的物質または生物的特質という言い方はやはり変だ。また言語を明瞭に話せることも、「脳の中の」特質というよりは、喉の構造の問題だという[5][6]。



●この松井孝典との対談を石原慎太郎(都知事)は次のように表現したという。『週刊女性』(2001年11月6日号)のインタビュー記事から引用している『石原慎太郎の値打ち』別冊宝島Real 040(2002年)より抜粋:

これは僕がいっているんじゃなくて、松井孝典がいっているんだけど、『文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババァ』なんだそうだ。『女性が生殖力を失っても生きてるってのは、無駄で罪です』って。男は80、90歳でも生殖能力があるけれど、女は閉経してしまったら子供を生む力はない。そんな人間が、きんさん、ぎんさんの年まで生きてるってのは、地球にとって非常に悪しき弊害だって…。なるほどとは思うけど、政治家としてはいえないわね(笑い)。まあ、半分は正鵠を射て、半分はブラックユーモアみたいなものだけど、そういう文明ってのは、惑星をあっという間に消滅させてしまうんだよね。


【コメント】

最初に人口増加の話で無視されがちな問題を指摘しておきたい。長谷川真理子が引用した文献[1]には、増殖率について、長谷川が何故か言及していない重要なことが書いてある。それは『増殖率を上げることに関しては、成熟年齢をある一定の割合で減少させることは、一生に生む子供の数を同じ一定の割合で増やすことより圧倒的に効果がある』ということである。

子供の数より初産年齢(成熟年齢)が重要なのだ!

霊長類では性的成熟年齢の約5倍がその最大潜在寿命に該当する[2]。ホークスがいうようにヒトは閉経後の生存期間を延長して最大潜在寿命を長くした。つまり、ホークスも書いているように成熟年齢は遅くなっている。ということは、(最大潜在)増殖率を低下させる効果が大きいということになる。

おばあさんの子育て支援に多少の効果があったとしても、それは成熟年齢の延長による最大潜在増殖率の低下を多少補償するかしないかくらいではないか?実際に達成される人口のレベルには様々な要因が関与しているので、最大潜在増殖率が低下しても人口が高レベルになることはありうる。ダーウィンも『種の起源』で、繁殖の遅いゾウでさえすぐに高密度になりうることをシミュレーション計算して示している。個体数が多いのはたくさん生むから、とは限らないのだ。

ホークスは、子供が利用できない資源を親(そして祖母)が分け与えることで、新しい生息域に進出できて人口が増加したと推論している。出産間隔の短さも強調しているが、人口増加は住める環境が拡大したからという論理のようだ。長谷川真理子は、おばあさんのせいとは明言していないが生む子供の数が増えて人口が増加したと推論しているように見える。松井孝典は、おばあさんのせいで出産が安全になったり、出産回数が増えて人口が急増したと強調している。そして人口が増えたからアフリカから外へ出て世界に拡がったとホークスとは逆の主張しているようだ。石原慎太郎は、ババアは有害と言い換える。たった3段の伝言ゲームでここまで変った。

松井孝典は東京新聞(2007年3月28日)の取材に対し、「おばあさん仮説は現生人類が文明を築く上で、おばあさんが重要な役割を果たしたという内容だ。東京地裁、東京高裁の判決で“私の仮説”と石原知事の発言は相いれないと認められている」と話している。

松井孝典は長谷川の受売りで、『現生人類だけがおばあさんが存在する』と石原慎太郎との対談で話したようだ。孫が生まれれば閉経していなくても『おばあさん』である。その意味のおばあさんならニホンザルだっておばあさんがいる[3]。祖母(grandmother)とは本来は世代関係を意味する言葉であり、閉経を示すものではない。専門家でも、こんな誤解しやすい表現をしている人がいるのは残念である。

松井孝典も参加している本[4]に鬼頭宏が江戸時代の農村の標準的な家族のライフサイクルを示している。人間でさえ、昔はおばあさんには簡単にはなれなかったし、なれても『何十年も生きる』(別のところでの松井の発言)ことは普通ではなかった。

江戸時代の農村の標準的家族では、女性は20.6歳で結婚して末子(第5子)が産まれるのが40.3歳、初孫が産まれるのが51.8歳で、死亡するのが55.6歳である。

私自身は、環境問題に関しては松井と同様に悲観的になることもある。だが、だからといって松井があちらこちらでほのめかすような全体主義国家やカースト制度にしたら民主制よりもよくなるなんて思わない。既に大失敗した制度だから。



【文献・資料】

[1]MacArthur, R. and Wilson, E.O. (1967) The theory of island biogeography. Princeton University Press.

[2]太田邦夫・阿部裕・古川俊之[共編](昭和56年)『高齢化社会の構造(老化制御の展望II)』、サイエンス社

[3]京都大学霊長類研究所(1992)『サル学なんでも小事典』ブルーバックス

[4]大塚柳太郎・鬼頭宏(1999)『地球人口100億の世紀』ウェッジ選書

[5]古市剛史(1999)『性の進化、ヒトの進化』朝日選書

[6]NHKスペシャル『地球大進化』



【補足】

私のコメントで、「最大潜在増殖率」という言葉を使っているが、これはイメージをつかみやすいと思って、専門用語を言い換えたものである。普通は、「内的自然増加率」という用語が使われる。

しかし内的自然増加率という用語の使い方・定義には専門家の間でも混乱が見られるようである。意味が混乱しない用語で表現することができるので、この言葉は使わないほうがいいと思う。

【補足2】

スティーヴン・オッペンハイマーの『人類の足跡10万年全史』草思社(2007年)によれば、人類がアフリカから出たタイミングについては、出口が開いていたかどうかが重要らしい。

出口は北と南にあり、北は砂漠、南は海という地理的障壁があった。気候変動により、これらの障壁が消えたときにだけ人類はアフリカを出ることができたという。

【補足3】

MXテレビ『東京の窓から』のビデオで松井の発言内容を確認したというWEBページを見つけた。
http://mndds.pairsite.com/koujinseisabetsu/?page_id=76

これによると、松井は、生物学的特質と言っていたようである。また、松井は、言語を明瞭に発音できることが、脳の特質というよりは発声器官の特質であることを、一応、知ってはいたらしい。

【補足4】

『松井孝典の人間圏』の批判
http://d.hatena.ne.jp/pick-up/20070511

【補足5】

石原慎太郎と松井孝典の対談の放送(2001年8月)で松井は「おばあさん仮説」に ついて「脳の中の」と言った。長谷川真理子から話を聞く前に、「おばあさん仮説」を 聞きかじって誤解したのではないかと書いたが、松井と長谷川は中央公論(2001年5月号) で対談していたことが判明した。

その記事を再録した本『人類を救う「レンタルの思想」』ウェッジ(2007年11月)の中で 長谷川はネアンデルタールとサピエンスの違いを述べる際に、 「脳の配線が違っていた可能性」を挙げた。松井はこの辺りの話を混乱して 「おばあさん仮説」と「脳の中」を結びつけたのだろう。

松井が「おばあさん仮説」を述べる際にホークスの名前を挙げるのを見たことがない。 ウェッジの再録本(2007年11月)にある長谷川の発言にホークスの名前はないから、 石原慎太郎との対談の時点では松井はホークスの名前を知らなかった可能性がある。 参考までに書くと松井は研究の前に文献を読まない主義である(TBSラジオ、2013/6/29)。




著:佐藤信太郎
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